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東京高等裁判所 平成2年(く)50号 決定

少年 K・Y(昭47.12.15生)

主文

原決定を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人○○作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原決定の処分は重過ぎて著しく不当であるというのである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、少年が、実兄K・S(昭和39年10月生)と共謀のうえ共同して、平成元年3月13日ころから同年11月24日ころまでの問に、東京都内において、8回にわたり、他人所有の現金合計約65万1300円、預金通帳7通並びに印鑑7個(時価合計約3900円相当)及びテレホンカード等物品77点(時価約4万4700円相当)を窃取し、更に、5回にわたり、同都内の銀行支店5箇所において、右窃取してきた預金通帳や印鑑を利用し、有印私文書である他人名義の普通預金払戻請求書など5通を偽造し、これらを行使して、預金払戻し等名下に現金合計880万9054円を騙取したという非行である。そして、本件は、右にみたことから明らかなように窃盗等の非行を多数回繰り返したものであり、また、被害総額も大きく、結果が重大であるばかりか、その態様をみても巧妙かつ計画的なものであって、この面からも犯情悪質なものというほかない。すなわち、非行の態様としては、当初の非行では、盗みを働こうと目星をつけた家の中に立ち入るのに色々な方法を試みたりしていたものの、次第に工夫を凝らし、平成元年7月ころには、K・Sと少年の2人がK・Sの運転するバイクに乗り、一定の範囲の地域を回って適当と思われる家を何軒か探し、表札などでそれぞれの家に住む人らの氏名と住居表示を調べ、次いでこれに基づいていわゆる104番で電話番号を調べたうえ、公衆電話からその電話番号に電話を掛けて家人が不在かどうか確かめ、家人が不在と確認できると、目標とした家の庭内などに至り、屋内に忍び込む場所として適当なガラス戸やガラス窓を捜し、施錠を外すにあたっては、施錠してある部分のすぐ近くのガラスを持参してきた小型のガスバーナーの炎で焼いたうえ水を掛け、ひび割れの生じたその部分をカッターナイフで突くなどして穴を開けるという方法を用い、また、実際に屋内に立ち入るに至るや、現金のほかは預金通帳と印鑑を捜し、わけても預金残高の多い預金通帳を捜し出してこれを盗み、その直後、被害者らに発見されて銀行等に連絡される前に銀行の支店などに駆けつけて、預金払戻し名下に多額の金員を騙取するという巧妙な手口を用いるに至っていたものである。ただ、少年は、K・Sから誘われ半ば引き回される形で、本件各非行に加担したものであり、非行の態様も主としてK・Sの考案したものであって、少年の果たす具体的役割もK・Sの指示するところによっていたのであるが、何回か繰り返すうち、少年もこうした非行の態様ないし手口に習熟して来ており、本件各非行の結果少年の取得した利得も少年の述べるところによっても合計約235万円にのぼり、少年とこの種非行との結び付きは極めて強いものになって来つつあったものと窺える。

少年は、東京都練馬区に住む両親の許で小学校、中学校時代を過ごし、昭和63年4月から全寮制の高等学校に入学したが、勉強に余り意欲がなかったこともあって夏体みに両親の許に帰ったのちは学校に戻らず、同年12月限りで退学となり、その後は就職もせず無為徒食の生活を送り、更に前記のように平成元年3月半ばからK・Sとともに窃盗等の非行を犯すようになったこともあって、同年7月ころから、K・Sが少年と同年齢の女性と同棲していた東京都世田谷区所在のマンションでK・Sらと一緒に暮らすようになり、同年11月末にはK・S、同棲中の女性、少年の3人でハワイ旅行に出かけている。そして、少年は、中学校当時いわゆる突っ張りグループに加わっていたものの、喫煙等を行った程度で、さほど目立った非行はなかったが、高等学校を中退後は中学校時代の友人らと夜遊びをしたりするようになり、更には平成元年3月16日ころ路上に放置してあったバイクを勝手に乗り回しているのを発見され、占有離脱物横領事件として家庭裁判所に送致され、家庭裁判所調査官から面接調査などを受けるに至った。しかし、すでに前記のように本件各非行に及んでいたにもかかわらず、少年がこれを全く秘匿し、運送会社でアルバイトをするなどして真面目に暮らしているかのように装い、反省も十分であるかのような態度を示していたことから、同年6月15日に審判不開始決定を受けるに留まり、その後もバイクを運転中信号無視の走行を行って逮捕されたり、友人らとシンナー遊びを行って補導されたりしたことはあるものの、これまで保護処分を受けた経験はない。また、少年の両親は、健在で、かつてはともかく、現在のところ平隠な家庭生活を維持しようと努力していることは窺われるものの、これまで少年の状況について十分な把握がなく、少年の心情についても理解が足りず、わけてもK・Sの住むマンションを1度も訪ねたことがなく、K・Sが未成年の女性と同棲中であることも知らないまま、少年やK・Sの言うことをそのまま鵜呑みにして少年がK・Sと一緒に住むことを許しており、本件各非行時、両親の保護監督は極めて不十分であったといわなければならない。そうすると、以上のような状況に加え、少年自身としても自分の非行の重大さについての認識や内省が深まっていないことその他、原決定時までに明らかとなった諸事情を総合すれば、少年には自分の問題点を十分に認識すること、自己主張することや主体的に問題解決する訓練をすることなどが必要であり、そのために今回は少年を少年院に収容して矯正教育を受けさせることが相当であるとして、少年を中等少年院に送致すること(一般短期処遇が相当)とした原決定の処分は、止むを得ないものであったということができる。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、原決定後の状況として、両親が少年を含め自分たちの子供らの更生を願って、被害弁償に懸命に努力したことから、原決定時においては2件について示談が成立していたに留まっていたが、その後その余の全ての事件についても示談が成立し、1部は弁償を終え、残りについても割賦支払いを約し、その結果被害者の宥恕を得るに至り、更に、共犯者として起訴されていたK・Sに対しても懲役2年6月、3年間執行猶予保護観察付きとの判決が言い渡されるに至っている(東京地方裁判所平成2年3月23日判決)。そうすると、K・Sに対しては社会内において自力で更正する機会が与えられたのに、少年は施設に収容されて矯正教育を受けるという処分は、少年としてはK・Sが実兄であるうえ本件各非行において自分はK・Sに命じられたことをしただけという思いが強いだけに、かえってその心情に悪影響を及ぼし、少年の更正意欲を阻害し、更には両親らにも固く心を閉ざしてしまうという悪い結果も生じかねないものと考えられ、なお、両親においても少年の育成について自分たちの行っていたことが十分でなかったことを反省し、今後は監護教育に努力しようとしていることも窺われるので、こうした点も前記諸事情と総合考慮して、保護処分の方法及び内容について再度検討することが必要と認められる。したがって、結局、本件抗告は理由がある。

よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により原決定を取り消し、本件を原裁判所である東京家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 松本時夫 秋山規雄)

〔参考1〕原審(東京家 平元(少)17055号、平2(少)27号、516号、881号 平2.2.7決定)〈省略〉

〔参考2〕抗告申立書

抗告申立書

少年 K・Y

平成2年2月13日

抗告人

付添人 ○○

東京高等裁判所 刑事部 御中

一、抗告の趣旨

少年K・Yに対する窃盗等保護事件について、平成2年2月7日、東京家庭裁判所少年1部1係において、中等少年院送致に処する旨の決定を受けました。

右決定は不服でありますので抗告を申立てます。

二、抗告の理由

少年を中等少年院に送致した原決定の処分は重すぎて著しく不当である。以下にその理由を述べる。

1、原決定は、要するに被害件数、被害総額が多いということから中等少年院送致を相当としたものである。

しかしながら、少年は事件当時まだ16歳であり、9歳年上の兄に誘われ兄に命令されるままに犯行に及んだものである。本件少年の場合、9歳の年齢差のみならず、少年の両親が共働きであったことから少年は遅くまで外出して不在の母に代わり兄に養育されており、通常の兄弟以上の関係が強く、兄は学校の成績も優秀で、少年に対し絶大な力を有しており、少年は兄に対しては絶対服従の関係にあった。この点は調査官の意見書にも詳しく記載されており、本件事件の少年の特異な立場といえる。

2、少年は兄に誘われた際、当初は冗談と思って適当に対応していたが、兄がガムテープ等を準備しているのをみて本気であることを知り、積極的に反対する機会を失いずるずると引きずられてしまった。ただいやだと思う気持から、犯行当日自分はしたくないと兄にいったこともあったが、兄にうまく説得され、犯行に及んだこともあった。また、少年は兄に自分から盗みを止めたいといいだせないことから、母に兄を説得して少年が両親の下に帰れるよう話して欲しいと頼んだこともあった。少年なりに消極的ではあるが何とかしようという努力はしている。

3、私文書偽造、同行使、詐欺事実については、少年が銀行で実際に引き出しているのは1件のみであり、事件によって得た金銭についても、少年は大凡5分の1程度の金額を兄から受け取っていたに過ぎない。

以上の点から明らかなように、本件事件における少年の関わり方は非常に消極的であり、且つ従属的である。

4、少年は今までに占有離脱物横領罪で平成元年6月15日、審判不開始の処分を受けたに止まり、保護処分を受けたことはない。

今回初めて勾留され、監護措置となり、しかも、逮捕されてから2ヵ月もの期間身柄を拘束されており、その間自分の犯した事件について反省する機会は充分存したものであり、これ以上少年院に送致する必要はない。

かえって、少年には就職口も決まっていたことから、一日も早く社会に復帰させ、両親の監督のもと生活をさせ、被害者に対する弁償の一端を担わせ、自分の犯したことの責任を自覚させることの方が重要である。

5、示談についても、両親はその責任を感じ、原決定が出てからも謝罪して廻り、今日までに余罪2件を含め、合計10件について示談が成立している。

原決定後になされた示談の明細については、追って提出する。

これらの示談については、両親も保証人となり永いものは平成5年9月まで返済していく覚悟である。

以上の点を考慮すれば、少年を中等少年院送致とする原決定は、余りにも被害件数、被害総額に重きをおいた処分であり、少年法の趣旨を逸脱し、重きに失する処分といえる。調査官も意見書で述べているとおり、本件少年については、保護観察処分をもって相当と思慮する。よって、抗告に及んだ次第である。

以上。

〔参考3〕受差戻審(東京家 平2(少)2730号 平2.5.22決定)〈省略〉

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